HOME > シェアが主張すること > 東日本大震災 被災地支援に包括的PHCの視点を
東日本大震災のために、東北地方の多くの方々が今も大変困難な状況におられます。そして3万人近い方々が亡くなったともいわれています。心から哀悼の意を表します。
私達シェアも2011年3月18日から仙台近くの名取市で地元医療機関への協力を開始し、被災された方々を支援させていただきました。2011年3月30日からは、さらに甚大な被害を受けている三陸地方で地域の保健医療活動に協力を開始しています。
シェアは、阪神・中越と2つの震災後被災地支援の経験から、被災地に求められる保健医療ニーズには、私たちが通常海外の現場で取り組んでいるニーズと多くの部分で共通している事を教えられています。ともに個人・家庭を超えた地域全体に及ぶ社会・保健的なダメージがあり、PHC(Primary Health Care;プライマリ・ヘルス・ケア)の視点での取り組みが求められているという点です。
海外の現場でのPHCの具体的な活動主項目は以下の8項とされています。......A
1.健康教育(ヘルス・プロモーション)
2.食料確保と適切な栄養
3.安全な飲み水と基本的な環境衛生
4.母子保健(家族計画を含む)
5.主要な感染症の予防(接種)
6.地方風土病への対策
7.簡単な病気や怪我の治療(プライマリ・ケア)
8.必須医薬品の供給
日本での地震・津波後の被災地支援においても、これらの項目のほとんどが必須となっていることに論を俟たないでしょう。
しかしもし、私たちが思い込みや一時の感情で、支援を組み立ててしまうとときに支援の方向を誤ってしまうことがあります。これは、阪神の震災の救援活動現場でも気づかされることでした。被災地の状況や心情を考えずに外部の支援者が出向いていって、薬剤や支援物資を配慮なしに配るといった援助は、気をつけなければ、地元医療機関の復興を妨げたり、地元商店街に手ひどいダメージを与え、被災された方々の自尊心や自立心を傷つけることがありました。
地域の中には比較的早期に復興を開始し、地域の軸となって復興・再生を始めようとする力が常に芽生えてくるものです。被災地の状況をよく理解していなければそういった芽吹きを支えるというより、残念ながら力をそぐような支援になってしまう可能性があります。逆に支援の撤退が支援者側の都合で急に途絶えてしまうことも避けなければなりません。
PHCの5原則として以下のことが主要理念として知られています。......B
1.住民のニーズに基づく方策
2.地域資源の有効活用
3.住民参加
4.他のセクター(農業、教育、通信、建設、水など)との協調、統合
5.適正技術の使用
前記した8項目Aなどの技術的支援に絞って展開される働きを選択的PHC。Bの理念を重要視し地域の人々の真のニーズに基づき構築され続ける活動を包括的PHCと呼ぶことがあります。
海外の現場で大切とされているこれら包括的PHCの理念が、まさに日本の被災地活動に重要な指針を示していると考えます。
なぜならば、被災地での保健医療支援においては、たとえば医療資源・保健活動の提供を行うにしても「地域資源の有効活用」しながら「住民のニーズに基づく方策」を進めてゆかない限り、届けられる支援は、そこで暮らす方々への本当の助けにならないピント外れの物となる可能性があるからです。
たとえば救急医療のチームが苦労をして医薬品をたくさん運んできても、薬剤の供給ルートが回復して来た場合、却って現地の病院の薬剤部の負担になりえるのです。
そして表1のように、被災から2週間を過ぎたころから医療の必要性は徐々に低下し、健康を支え疾病予防を行う保健・看護の必要性・重要度が相対的に増してくるとされています。
時間 | 場所 | 主要な問題点 | 重要度の高い活動 | |
---|---|---|---|---|
超急性期 | ~3日間 | 自宅、避難所 | 外傷、急性疾患 | 救急医療 |
急性期 | ~2週間程度 | 避難所など | 急性感染症 PTSD、ストレス性疾患 慢性疾患の悪化 |
医療 看護 心のケア |
移行期 | ~2カ月程度 | 避難所、仮設住宅 自宅 |
PTSD、ストレス性疾患 感染症、慢性疾患 |
保健、看護 心のケア |
慢性期 |
~1.2年 |
仮設住宅 |
PTSD、ストレス性疾患 孤独死、慢性疾患 |
保健、介護、訪問 心のケア |
阪神大震災の被災地では2週間を過ぎるころから被災地で重要な医療者は医師より看護師・保健師となっていたと私たちは認識しています。救急医療専門の医師団が1カ月近く被災地に居たとしても、その力は後半には意外と役に立たないのです。正しい現状・ニーズ把握とそれに対応した適正なマンパワー・物資の供給が求められます。
それは言いかえると、前記したPHCの8つの主要活動項目Aは、5つの理念Bに支えられて、初めて地域の役に立つものになると表現できます。
その方向性で実際に被災地での保健医療活動を具体化する場合、2つのレベルで地域、地元を考えてゆく視点が必要と考えます。
第1に、地元の医療機関の復興を側面支援する視点が特に大切でしょう。
被災地在住の医療者はしばしば自身が被災者でありながら、被災直後から必死の保健医療活動に多くの方が従事されます。ある方はライフラインの途絶えた医療機関で不眠不休の救急医療に取り組まれ、ある方は寒さに震える避難所の方々の訪問医療に奔走されます。自身の受けた傷を感じさせず歯を食いしばって働いておられるその姿には、本当に頭が下がります。
私たちは、可能ならば1日でも早く被災地に駆け付けそういった医療者の代わりを担い、必要な休息を提供したいものです。そこでは、私たちは地元の方々の「黒子」に徹したいと思います。たとえ数カ月お手伝いさせて戴いたとしても、私たちはやがて居なくなる者です。私たちが表に立って仕事を推進する事は、将来地元で仕事を引き継ぐ方々に負担を残す可能性があります。
また避難所や仮設住宅において、他府県から集まった支援者が無計画に長期間無料の薬を配りながら診療を続けることは、地元医療機関の復興を阻害する事があります。
今回は、厚生労働省も直ちに対応を進めました。2011年3月23日には被災者(自宅が全・半壊)の保険診療は原則自己負担分が免除、医療機関に保険医療機関から100%支払いされることが発表されました。被災者に経済的負担を与えることなく、保険診療を地元医療機関が開始できることを意味します。
震災と津波で多大なるダメージを受けた医療機関が復興するためには、経済的な裏付けは必須です。
私達シェアも被災地で保健医療活動を行う場合、必ず地元医療機関・行政保健担当者との十分な話し合いを前提としています。活動中も毎日のように情報共有し、保健医療の必要な方を地域の医療機関に適切につなげるようにしなければいけないことを肝に銘じなければなりません。
2つ目は、地域で保健医療の支えを必要としている方々は、表面に見えない所にも多くおられる事実です。
多くの人が身を寄せる避難所などはマスコミも多く訪れ、各県からの支援者・医療者の訪問も頻繁です。日中には被災早期から多くの訪問診療活動がおこなわれ細やかなケアが進められます。しかし、実は多くの方々が昼間は破壊された自宅の片付けに出かけたり地域でボランティア活動を行ったりして、訪問診療の網の目から抜け落ちることも多いようです。
また自宅が半壊以下で何とか自宅で暮らせている方々や、身体が不自由で自宅から出られない方々などが、避難所に常駐する保健医療機関のケアを受けられず、厳しい状況に留め置かれているようです。そういった地域で暮らす一人一人の保健医療ニーズを適切に把握し、対応してゆく必要が明らかになってきています。
現在、多くのものを喪い余りに大きなダメージを受け、立ち上がる力も湧いてこないような想いに打ちひしがれている被災者の方々も多いと思います。できることなら、そういったお一人お一人の苦悩に寄り添い、お一人お一人がご自分の意思と足腰で力強く歩きだせるように、励まし支えてゆけるような支援になるように、謙虚な思いと冷静な視点で私達は力を注いでゆきたいと考えます。
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