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(認定)特定非営利活動法人 シェア=国際保健協力市民の会 シェアは、保健医療を中心として国際協力活動を行っている民間団体(NGO)です。

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[マイノリティと健康vol.9 ] 難聴者の孤立を防げ-見えない「障害」を大きくしている社会の障壁-

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難聴者の孤立を防げ -見えない「障害」を大きくしている社会の障壁-

難聴者の私の一日、聞こえずらいことの問題
筆者は遺伝による感音性難聴で、10歳のころから少しずつ聴力が低下していった。現在、裸耳で両耳平均90デシベル(以下、db)である。90dbがどの程度かというと、電話の呼び出し音、地下鉄の走行音、犬の鳴き声(いずれも70~80db)は聞こえず、工事現場の騒音や太鼓の音(共に100db)は聞こえる程度である。これが生活にどう影響しているか、一部を紹介したい。

大抵は補聴器を装用しているが、家にいるときは外している。通勤は電車を利用している。最寄り駅では発車時刻表示版があり、何分発かがわかる。しかし、時間になっても電車がこない。放送で状況を伝えているのだが、聞き取れない。ちょっとした停車で遅れているのか、人身事故により運転見合わせなのかがわからない。そのため、遅刻せずに間に合うのか、会社にメールで連絡を入れるか、入れるにしてもどの位遅れるのか、正確に状況を伝えることができない。

お昼は、時々レジで上手くコミュ二ケーションが取れず、店員に嫌な顔されたり恥ずかしい思いをし、買い物や注文が億劫になる。トラブルを避けようとするため、相手の対応が分かり切っているものを注文するなど、ワンパターンになる。買いたい、選びたいものがあっても怖くて躊躇してしまう。

会社では一定の理解を得ているので、業務上必要な時には上司や同僚に筆談をお願いしている。しかし、雑談となるとなかなか聞き返したたり、筆談を依頼したりはできなく、充分に楽しめない。コミュニケーション不足から人間関係への影響も少なくない。

最新で最高級の補聴器を借りて(片耳46.8万円)気づいたことがある。それは廊下で社員と行き交うとき、これまでは会釈やお辞儀する程度だった。しかし、実際は他の社員は私に「お疲れさま」と、言葉を発していた。下手すると、筆者は挨拶ができない人間とみなされていたかもしれない。もしかしたら生活の中で聞こえないために反応できず、無視していると思われているかもしれない。

帰宅すると宅急便の不在通知がある。すぐに受け取りたくても電話ができない。聞き取れないので、音声ガイダンスでの再配達方式は選べない。FAXやインターネットでの再配達は翌日以降になる。電話リレーサービス(有料で、オペレーターが相手の話し声を、スマートフォンのブラウザに文字で表示してコミュ二ケーションを支援)を使ってその日に配達されることになっても、ドアベルが聞こえず、在宅しているのに再度不在通知を受け取ったこともある。

休日など、見たい邦画があっても字幕がない。字幕付き邦画はフィルムが少ないため、近くの映画館では上映日が限定される。講演会やセミナーには情報保障(手話通訳、要約筆記、補聴援助システム)が付かないため、楽しめない。教養を身につけるにもアクセスの壁が大きいのである。


難聴とは何か
難聴も誤解されやすい障害である。その理由は目に見えない障害であり、見かけは健常者のため、他者からは、聞こえない、聞きにくいということに気づかれない。

本人の障害認知も難しい。医学では、難聴とは聴覚障害全体を指し、90db以上を「ろう」或いは重度難聴と位置づけている。聴力により高度難聴、中等度難聴、軽度難聴と分類される(ここでは難聴者とは聴覚を通して音や音声情報を取り込み、理解の手がかりとする聴覚障害者と位置づける)。身体障害者福祉法では、両耳の平均聴力70db以上の聴覚障害者に障害者手帳を交付している。障害者手帳を持つことにより行政からの福祉サービスの提供を受けることができる。例えば補聴器の購入費用の一部の助成や要約筆記や手話通訳の派遣を受けるなどがある。逆に認定されない中等度、軽度の難聴者は何の支援も受けられない。さらには障害者というマイノリティゆえに社会からの偏見や差別があり、自ら障害者としての受容、自己認知を困難にさせ、アイデンティティの確立ができず、自己矛盾、自己否定の状況に置かれる。それゆえに他者の迷惑にならないように、疎外されないようにと他者の顔色を伺い、不安の中で生活していくので、他者との良好な関係、対等な関係構築が難しくなってくる。

さらには聴覚障害が「聞こえる」と「聞こえない」の二項分類されて判断され、誤解を受けることがある。どういうことかというと、発された言葉は「音」としては聞こえるのであるが、「言葉」一つひとつが聞き取れず、意図がつかめない。よく「聞こえましたか」と問われるが、答えに迷う。「聞こえる」のニュアンスが健聴者と難聴者とでは違いがあるのである。こうしたすれ違いから人間関係のトラブルに発展しやすい。

聞き間違いも多い。筆者は高音域が聞こえ、比較的女性の声は聞きやすい。話し言葉の多くが含まれる中音域や低音域が聞き取れない。そのため母音や濁音が聞き取りにくく、例えば「充電」を「十円」と聞き間違えるのである。


地域における潜在的な難聴者への理解と配慮を!
上述したように身体障害者福祉法では認定されない、潜在的な難聴者や障害を受容できない難聴者はたくさんいる。60歳以上になると3人に1人は聴覚に何らかの異常をきたすと言われ、私たちの身近なところにいるかもしれない。こうした難聴者は家族や地域社会からも誤解を受けやすく、人間関係が億劫になり、孤立しやすい。福祉制度も活用できない。

地域社会の健聴者が難聴者を包摂したいと思っても、障害者福祉制度は障害者手帳を所持する人にしかサービス提供をしないため、要約筆記や手話通訳の派遣などの福祉サービスを活用できず、さらに孤立に追い込んでしまう。これは特に災害時には大きな問題となって顕在化してくる。本人の障害の問題というよりも、社会の制度不備、インフラ不備によって「障害」を生み出しており、そのことを多くの人に知っていただきたい。

個人でできることもある。本人が障害として認識、受容して自らのコミュ二ケーション方法(どの位ゆっくり話し、声の大きさ、筆談など)を発信するのは難しい。障害受容には時間がかかり、ピア・カウンセリングなど当事者同士の対話が必要だからだ。それらを可能にしていく最初のきっかけが身近な人とのコミュ二ケーションであり、「聞こえが悪くても大丈夫」、「あなたのコミュ二ケーション方法に合わせる」といった、共に歩むというメッセージや姿勢を示し、孤立を防ぐことが重要だ。グローバル化の社会の中にあって、それが人々と地域社会が豊かさを取り戻していくきっかけになると思う。

2015年10月15日

fukuda.jpg福田能文(ふくだよしぶみ)
1971年10月15日生まれ。栃木県鹿沼市出身。1993年とちぎYMCA主催のフィリピンワークキャンプ参加をきっかけに国際協力、開発教育に関心を持ち始める。2000年12月にはバングラデシュで開催されたPeoples Health Assembly 2000に参加。障害者としての自覚を強める。2007年~2013年NPO東京都中途失聴・難聴者協会理事。2013年、日本福祉大学大学院国際社会開発研究科修士課程に社会人大学院生として研究を開始。2015年3月修了。論文テーマは「当事者の社会参加のための『難聴者の自立生活モデル』~日本でのモデル化の試みとフィリピンにおける有効性」。

DVD:第29回日本国際保健医療学会 東日本地方会「マイノリティと健康 いのちの格差をどう縮めていくか」

dvd.jpg2014年5月24日に国立国際医療研究センター(東京)で行われた、第29回日本国際保健医療学会東日本地方会「マイノリティと健康 -いのちの格差をどう縮めていくか-」の記録DVDです。6枚組みでの販売です。

<1巻>
Disc.1:開会式、基調講演、全体会
Disc.2:ホームレス
<2巻>
Disc.3:難民
Disc.4:在日外国人
<3巻>
Disc.5:HIV/AIDSとセクシャルマイノリティ
Disc.6:発達障害者

価格(税込): 4,320 円

購入: オンラインショップ

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