震災後25日目の4月4日、気仙沼市内の介護や福祉事業所、医療機関、行政、支援の保健医療スタッフが集まった第2回情報交換会の最後に、呼びかけ人である、ケアマネジャー協会世話人の小松治さんは「全国から支援の方々が来られて、助けられています。しかし、この問題に立ち向かうのは地元の我々自身です。我々が主体でやっていくことなのです。」と語りました。このメッセージは地元関係者に向けられたものですが、支援者への投げかけでもありました。
気仙沼市では震災直後に、自宅に留まり避難所の医療救護所へ出向けない高齢者や障害をもつ方々の療養支援を目的に、地元の医師、行政関係者、介護・看護事業者等に、外部からの支援スタッフが協力して「気仙沼市巡回療養支援隊」が組織されました。この活動には訪問診療や看護を行う「診療班」と、巡回訪問によりニーズを見出し、「診療班」や地元の支援サービスにつなげる「健康相談班」があります。「健康相談班」には全国から派遣された自治体保健師チームや看護系大学が参加し、シェアはその調整業務を担っています。
こうした支援活動は、震災によって増大したニーズと、低下したヘルスケアサービスのギャップを補う活動です。すなわち、外部からの支援を、従来の保健・医療・福祉や介護のヘルスケアシステムに繋いでいくことを思い描いて、スタートすることが求められます。そのために私達が最初に行ったことは、地元の保健師や介護事業所の方々に、震災前のヘルスケアサービスの状況や再開状況、そして再開の妨げとなることを確認することでした。その中で、震災直後から、地元のケアマネージャー協会の呼びかけにより、介護や福祉の事業所及び行政の情報交換会が持たれ、各機関の被災状況を共有しながら、互いに補完しあう体制づくりが目指されていることを知りました。2回目からは医療機関に加えて、「巡回療養支援隊」も参加を呼びかけられました。それが、冒頭に書いた会議です。
震災直後から地域の機関や有志が主体となって、被災や再開の状況に応じた柔軟なネットワーク活動が展開されたことは、この地域の大きな力です。被災地の深刻なダメージを目の当たりにし、ともすると支援者は自分達が何もかも提供しなければと思いこみがちです。しかし、それは被災地をさらに無力化することにつながります。地域が蓄えてきた力を信じ、その力に沿う支援文化を支援者も育むことが必要です。それは、地域に暮らす人々の日常生活を取り戻す過程へとつながる支援でもあります。その意味からも私達は、地域ネットワークの中に入っていくことを意識して活動をしてきました。そして震災から中長期となる今後、より一層地域の当事者性を支える支援の継続が必要だと感じています。

写真:震災被災地で再開された乳幼児健診。母子が集まった会場は一時、和やかな日常が戻った(2011年5月20日、宮城県気気仙沼市)

大木幸子(杏林大学教授、シェア気仙沼プロジェクト担当保健師)
沖縄平和賞連載
沖縄タイムス 2011年5月29日(日) 掲載
この記事はシェアが2010年に第5回沖縄平和賞を受賞したことをきっかけに、1年にわたり沖縄タイムスに掲載いただいたコラムです。