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リプロダクティブ・ヘルスとは、生殖に関する「健康」と「権利」のことです。この2つははっきりとわけられていませんが、「健康」としては、「安全で満足できる性生活」、「安全な出産」などが、「権利」としては、「子どもを産むかどうか、産むとすればいつ、何人までを産むかを決定する自由」、「生殖・性に関する適切な情報とサービスを得られる権利」などがあげられます。保健医療だけでなく、男女平等、人口問題、生命倫理など、非常に広い範囲を含みます。
リプロダクティブ・ヘルスについて、世界保健機関(WHO)はその定義を「人々は安全で満足できる性生活をおくり、子どもを産むかどうか、産むとすればいつ、何人までを産むかを決定する自由を持つべきである。さらに人々は生殖に関連する適切な情報とサービスを受ける権利を有する。その対象はまた、性に関する健康も含まれており、その目的は、リプロダクションや性感染症に関するカウンセリングやケアを受けられるにとどまらず、個人と他人の生活との相互関係を向上させることを目的としたものである」としています。ここでは「健康」と同時に「権利」が重視されており、その点からリプロダクティブヘルス&ライツと記載されることもあります。この定義からも、それは非常に広い範囲を含むこと、また男性・女性両方の課題であることがご理解いただけることと思います。同時にシェアが国内外で実施している事業の多くもリプロダクティブヘルス分野といえるでしょう。ここでは、発展途上国における安全な妊娠と出産の課題について記述したいと思います。
WHOは、2000年時点で一年間に529,000人の妊産婦が死亡していると推定しています。これを開発途上国に限ってみると、527,000人となり、実に全妊産婦死亡の99.6%を占めています。1995年の推定では全妊産婦死亡数が515,000人でしたから、その数は残念ながら増えています。
また生まれた子ども10万人に対して何人の妊産婦が亡くなっているかを表す「妊産婦死亡比」を国別にみてみると、日本は10であるのに対し、シェアのプロジェクトが行われているタイでは44、カンボジアでは450、東ティモールでは660であり、その差は無視できません。また途上国では一生のうちで女性が妊娠する回数が多いため、その死亡の危険度は妊娠回数に比例して高くなります。具体的には、妊娠・出産が死因となる女性の数は、日本では6,000人のうち1人であるのに対し、タイでは900人、カンボジアでは36人、東ティモールでは30人のうち1人となります。このように較差が大きくなる原因として、まず途上国では大半の出産が自宅で行われること、妊娠中・出産時に異常が起きた時に医療機関で適切な手当を受けられないことがあげられます。その理由を細かくみていくと、何か異常が発生してから不幸な転帰をとるまでの間に、主に3段階の遅れが存在すると言われています。第1の遅れは医療機関にかかるべきか否かという判断が適切にされないこと。これには発生している事態が異常かどうかという判断の遅れのほかに、家庭や社会における女性の地位と、それに伴う医療機関へのかかりやすさなどが関係してきます。第2に医療機関にかかることを決断してからも実際にたどり着くまでの時間が長いことがあげられます。単純な距離のほかに、道路の状況整備、気象、交通手段の有無とその費用は払えるのか、など多くの要因が関わってきます。さらに第3として、たとえ病院に到着しても、適切な医療が迅速に提供されるとは限らないことがあげられます。
つまり個人や家庭から、地域社会、医療機関など様々なレベルで改善がされない限り、妊産婦死亡を減少させることは大変に難しいことになります。その具体的な取り組みとして、まず女性が適切な教育を受け、健康について考えることが重要です。これは何も本人に限ったことではなく、子どもや家庭の健康のためにも必要なことです。例えばシェアカンボジアでは母親に対する働きかけを行い、グループで学習会をしたり、得た知識をボランティアとして地域に広める活動を支援しています。
また適切な保健医療サービスが地域に行き渡ることで、
(1)「避妊や不妊手術」によって妊娠回数を調節すること、
(2)妊娠した場合に「妊婦健診」を受けることができること、
(3)出産時には十分な知識と技術を持つ介助者によって「安全で清潔な出産」ができること、
(4)万が一危険な状態になった場合「基本的な産科医療サービス」を利用できること
が必要になってきます。これら4項目は「Safe Motherhood Initiative」として開発途上国で広く推進されていますし、一部の活動はシェアによっても行われています。
一方で開発途上国では保健・医療のための資金や人材が慢性的に不足しています。もちろん資源を内外から投入することは重要ですが、同時に制約の大きい中でいかに効率良く質の高い医療が提供できるかも考えなくてはなりません。今後は、単にリプロダクティブヘルスの状況が改善するだけではなく、他の分野も同時に良くなっていくことができるようなヘルスシステムを考えていくことが必要と考えています。
シェアカンボジアではどのようにリプロダクティブヘルス関わってきたのでしょうか?具体的な取り組みについてお話しします。 カンボジアでは、約40人に1人のお母さんが妊娠・出産が原因で亡くなっています。日本の場合、約6,000人に1人ですので、比較をするとこの状況の厳しさがわかると思います。出産介助をする人材の不足。お母さん自身の知識不足。日ごろの栄養状態の悪さ。衛生環境。経済状況、など。様々な要因が絡み合っているのです。シェアでは、お母さん自身に対して、そして出産を介助する側である伝統産婆や助産師に対して、双方への取り組みを行っています。
お母さん達が自分たちの健康について知識を持ち、考え、行動することはとても大切です。シェアでは村のお母さんたちに対し、栄養や衛生について、女性の体と生理、妊産婦のケア、産間調節、エイズについてなど、基礎的な保健教育を行いました。できるだけお母さんたちにとって役に立つ、身近なトピックを取り上げています。それぞれのトピックは分かりやすく興味が持てるように工夫され、読み書きのできない母親にも配慮して絵やポスターを使用したり、時には実演も交えながらの楽しいセッションを心掛けました。
写真(左):村の巡回予防接種。保健ボランティアがサポートし、母子を集めたり情報を伝える。
写真(右):フリップチャートを使って保健教育を行う保健ボランティア。
お母さん自身の知識はもちろん大切ですが、実際に出産を介助する人の知識や技術は、お母さんの命に直接繋がります。 カンボジアの農村ではまだ病院や診療所でお産をする妊婦は少なく、自宅で出産する人がほとんどです。シェアのプロジェクト地の調査では、TBA(伝統産婆)による介助は全体の約60%という結果が出ています。TBAとは正式な資格を持たないでお産の介助をする村の産婆さんたちのことです。村の中で多くの出産を介助している経験豊富なTBAたちはお母さんたちの心強いサポーターではありますが、一方で、出産介助の正式な教育を受けていないことが殆どで、カンボジアの高い妊産婦死亡率の一つの原因とも考えられています。カンボジア政府は病院や診療所での出産を呼びかけていますが、医療施設もスタッフも全く足りない状況の中で、TBAの存在無しには対応できないのが実情です。
シェアでは現地カウンタパートからの要請もあり、TBAを対象にしたトレーニングを実施してきました。介助時の基本的な技術や衛生に関する知識はもとより、妊産婦への検診実施の勧めや、何か異常があった際の助産師との協力関係などについてもアドバイスを行います。またこのトレーニングの目的の一つは、助産師とTBAがお互いに助け合える関係づくりです。TBAのためのトレーニングで地域の助産師が企画、準備から関わり、ファシリテーターを務めることによって、助産師には責任感が生まれ、TBAと助産師との信頼関係が育ちます。このような関係作りによって、両者の間で日常的な情報交換ができるようになり、またTBAの介助時に何か危険な状態になった場合でも早急に助産師に連絡をとってサポートを求めることができるようになります。
写真:等身大の人形を使った、出産介助トレーニング。
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