通訳の現場から語る、平等な医療提供
対談 大川 昭博 × 沢田 貴志
大川 昭博
移住労働者と連帯するネットワーク運営委員として、「外国人医療と生活ネットワーク」を月1回開催。20年程前から外国人の医療問題に関わり、その時からシェアと関わる。本業は横浜市内の福祉保健センター保護課保護係長。
沢田 貴志
シェア副代表、港町診療所所長、タイ大使館医療アドバイザー、医師。1991年よりシェアの在日外国支援事業に携わり、通訳付きの出張健康相談会や医療通訳派遣、HIV陽性者支援など、在日外国人のサポートを行ってきた。
「国と国の対立」から、「個人レベルの国境を越える」へ
- 沢田:
- 今、世の中で国と国との対立ばかりが話題になっています。若い世代が外国に対してわだかまりを感じてしまわないか心配になることがあります。実際に社会と社会ではなくて、個人同士で困っている人がいたらどうするのかということを考えると、もっと違う展開になる気がします。個人レベルの国境を越えていく必要があります。
- 大川:
- やっぱり「本人」に接するということだと思います。外国人診療についても同じです。
自分の言葉も通じない、外国人が何を考えているか良く分からないと、医療従事者は不安なんだと思うんですよ。でもそうじゃない。こうやって対処していけば、ほかの患者さんと一緒だということを理解していくためには、個人レベルで外国人と接していく、交流していく。医療者が当事者と出会うフィールド、接点作りが必要です。そしてシェアがそれをしていると思います。 - 沢田:
- 医療従事者は基本的に病気の人たちに良くなってほしいと思っています。だけれど、どう支援をしたらいいのか分からないと、コミュニケーションが難しいと不安になって、なかなか手が出ずに距離を置いてしまっていると思います。
でも、支援の方法があるとか分かるとすごく積極的になってくれます。 - 大川:
- つまるところ、患者との信頼関係だと思うんですね。制度のこととかを知っていれば関係性を作りやすくなると思うし、適切な治療や問題解決に向けて動けるようになります。
医療通訳は車椅子、その価値を理解して欲しい
- 沢田:
- 通訳があったほうが診断が早くつくし、感染症の拡大を抑えたりできるので、通訳制度を作った方が医療の立場からするとコストパフォーマンスが高い。通訳にコストを払うことによってより社会の不健康を押さえて最終的にはソーシャルコストが少なくてすむと考えいますが、福祉の立場ではどうですか。
- 大川:
- 私は生活保護の仕事をしていますが、今は外国の利用者さんが増えています。ですから、日本語の支援とか母語の支援、あるいは行政窓口の支援、そういったものは少しずつですが意識はありますね。日本は特殊で、日本人の大半が通訳を必要としないでこの国の中で生きていますから通訳の必要性を認識し、制度として定着させるのはなかなか大変だと思います。
だから、これは必ず国なり自治体なりがお金を出して制度にしていく必要があります。それは、障がい者の人の車椅子のようなものです。車椅子がなかったら障がい者の方は外に出られないわけですから。
しかし実際には、通訳の必要性があるとしても制度としてお金を付けるまでにはなかなかなりにくい現状があります。 - 沢田:
- 通訳を導入すれば少数の外国人たちの利益だけでなく社会全体の利益になるという認識が浸透していないから、そこを何とかしないといけない。本人の勝手で税金を使うのはもったいないみたいな、認識をどうやって変えていくのかだと思います。
- 大川:
- 外国人と接してみたら分かるのと同じで、通訳も使ってみたらわかる。どんな形でもいいから通訳を使っていただいて必要性を実感してもらうのがよい。片言の日本語や適当な英語では得られなかった貴重な本人の情報を得られるようになって、医者からすると治療ができて、自分にとってもプラスにもなる。どんどん医療の世界に通訳を送り込んで、使ったほうがいいよねと思ってもらうと、通訳に対する理解が進むと思います。
- 沢田:
- 医療現場に通訳がいた方が良いという理解は一定の広がりがあるのですが、社会全体としてはまだまだです。他の事にお金を使ったほうが良いというような意識です。誰かが良さを伝えていけると良いのでしょう。
医療通訳育成は海外と日本との架け橋づくり
- 大川:
- 通訳として日本人と外国人との媒介となっている外国人協力者が、沢山出てくれば、通訳として活動して得たことが、地域の生活の中で役立つのかもしれない。通訳を育てることによって、自分の体を気遣うことの大切さについて、外国人仲間に声かけしていく担い手ができるのでないかと思います。外国人と病院や保健所等の医療機関の架け橋のような存在です。
- 沢田:
- 人と医療を繋ぎ、健康情報の普及も行う、身近なミニ保健師さんができるイメージですね。
- 大川:
- 通訳を養成するということは病院にとってもいいことだし、病院へのかかりやすさという点で日本社会のプラスになります。病院や患者だけでなく、地域にとっても、社会に役立つ人材をつくれる。言葉ができるだけでなく、日本での生活スキルを外国の人に上手に適切に伝えらえる人材ができる、ということをPRしていくといいかもしれません。
外国人への平等な医療の提供は、国際貢献の一つ
- 沢田:
- 日本は比較的、医療が平等に提供されてきた社会です。医療の平等性を外国人に対しても提供することで、外国人自身が出身国の医療を平等性の高いものにして、格差が出ない社会づくりを志向してくれるようになると、より平和な地域、平和な国ができていくでしょう。そういう意味で国際協力であったり、人間の安全保障という点からもメリットがあると思いますね。
- 大川:
- 逆「医療ツーリズム」(笑)ですね。日本に来て治療してもらうのではなくて、日本のいい面を本国に持って帰ってもらって、その国で定着してもらうっていうような。
- 沢田:
- そう、そう。
- 大川:
- その国での医療レベルや医療モラルの向上に、日本の医療が役立つのだったら、それは、多くの人たちに共鳴してもらえる考え方かもしれない。
- 沢田:
- そうですね。
- 大川:
- なんだかんだいって日本は平等だし、皆保険の仕組みだってね、アメリカがあんなに苦労しているのに、日本はこんなに当たり前になっている。日本を参考にしてその国でも平等で安心できる医療を作ってもらえれば良いと思います。
- 沢田:
- 国際的には、ユニバーサルアクセスといって、途上国でも誰にでも医療が提供されるということを目標に取り組みが進められています。日本の中で医療を誰でも受けられるという状況をつくることがよい見本になって、国際社会の安定に貢献できると思います。
- 大川:
- そのメリットは日本にも戻ってくると思いますね。