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(認定)特定非営利活動法人 シェア=国際保健協力市民の会 シェアは、保健医療を中心として国際協力活動を行っている民間団体(NGO)です。

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デビッド・ワーナー

デビッド・ワーナー
『Where There Is No Doctor』(医者のいないところで)という本、途上国の地域保健や障害分野に関わる人たちの間で知らない人は、少ない。世界80カ国の言語に訳され、200万部以上購入されています。この本を書いた人が、ディヴィッド・ワーナー(David Werner)さん。
ワーナーさんは1934年米国生まれで、現在75歳。カリフォルニア州パロ・アルトにある国際保健NGO「ヘルス・ライツ」の代表。50カ国を超える途上国で、地域住民主体の保健活動(CBHP)や障害者主体の地域リハビリテーション(CBR)に関するトレーニング、相談・助言・講演を行っています。この分野では世界の第一人者と言えるでしょう。1965年よりメキシコ西部の山村で地域保健活動に関わり、それ以降、現在もメキシコに住んでいます。自らも筋萎縮症による障害者で、1970年代からCBRを実践し、今日に至っています。

ワーナーさんは、障害者のリハビリテーションプログラムを考える時、その実践初期から障害者の参加を必須としています。CBR活動ではその地域で生活する障害当事者をプログラムのスタッフとして採用し、「当事者による村づくり」を実践しました。活動の背後にある理念に、障害者を「ノーマライズする」という考えはありません。そうではなく、不公平・不公正に扱われてきた他の人々と手を組んで、もっと親切で、公平で、正常な新しい社会秩序のために働こう、と呼びかけたのです。
こうしたメキシコ西部での経験は、『Where There is No Doctor』(医師のいないところで)と『Helping Health Workers Learn』(保健ワーカーの学習を助ける)という二冊のマニュアル本にまとめられました。平易な言葉を使って、イラストもすべてワーナーさん自身が描いています。ワーナーさんの人柄、生き方がそのまま本になっている、そんな感じを私は持っています。地域開発、地域保健およびCBRワーカーにとって必読の書となっています。
メキシコ西部山村での活動は、1982年からプロジェクト・プロヒモ(Project PROJIMO)としてその後も継続、発展。専門家ではなく、障害のある人を含む農村の人たちがイニシアティブを取って、成果を挙げました。その経験のなかから、1987年に『Disabled Village Children』(障害のある村の子どもたち)を、1998年には『Nothing About Us Without Us』(私たち抜きで、私たちに関することは決めないで)を出版しました。

近年は、経済のグロバリゼーション(自由市場経済)が途上国民衆の健康に及ぼしている悪影響に焦点を当てた調査・分析活動を行っています。具体的な現実としてワーナーさんは、下痢とそれへの対処法・解決法の問題を鋭く指摘しています。現在、世界では、毎年約300万人の子どもたちが下痢と栄養失調で死んでいます。下痢は十分に予防可能で治療可能であるにもかかわらずに。保健・医療技術は、今日、高度に発達しているにもかかわらずに。それどころか、本来、人びとのいのちを助けるための保健医療が、逆に貧しい国の子どもたちのいのちを奪っている...。
ワーナーさんは、その原因の一つに、医学専門家たちの特権と高度な技術の優越性を挙げています。医学専門家たちのそうしたものが、途上国の人々のいのちを救うための発見を遅らせている、と指摘しています。
このような実践的研究と広範囲な文献・資料の分析を通してワーナーさんは、現在支配的な「選択的PHC」を鋭く批判。そして、1978年の「アルマ・アタ宣言」に示されている本来の「包括的PHC(*1)」に回帰することを提唱しています。草の根の人びとや社会の底辺に押しやられた人びとと共に、地域で、さらには世界的規模で本来の「包括的PHC」を取り戻していこう、推進してゆこう!と呼びかけているのです。
これは、ワーナーさんが30年以上にわたって途上国の地域保健活動に関わって経験から発した「悲痛な叫び」です。詳細は、『いのち・開発・NGO-子どもの健康が地球社会を変える』(ディヴィッド・ワーナー、ディヴィッド・サンダース著、新評論、1998年)をお読みください。

*1 健康であることを基本的な人権として認め、全ての人が健康になること、そのために地域住民を主体とし、人々の最も重要な保健・医療ニーズに応え、問題を住民自らの力で総合的にかつ平等に解決していく理念・アプローチ。

文責:立教大学大学院教員 池住義憲
機関誌「Bon Partage」No.144(2009年7月)掲載


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David Wernerの活動とインパクト
彼、デビッド・ワーナー(David Werner)の名前に初めて接したのは、ESCAP(国連アジア太平洋経済社会委員会)の仕事でネパールを訪れた1986年だった。私が担当していた後発開発途上国の障害政策発展のためのプロジェクトは、その頃注目を浴び始めたCBR(地域に根ざしたリハビリテーション)の推進を目的としてネパールで最初の実践をしようとしていた。すでにNGOによって小規模な実施が始まっていたネパールでは、WHOのマニュアルでCBRについて学んでいた私以上に知識や情報をもっている人に出会った。その一人が教えてくれたのがデビッド・ワーナーの『Where There Is No Doctor (医者のいないところで)(*1)』であり、私がその存在を知らなかったのが関係者の驚きであったくらい、WHOのCBRマニュアルと同様に重要視されていた。
彼の名前すら知らなかったので、バンコクに戻り本を買い求めようとしているうちに次の著書『Disabled Village Children (障害をもつ村の子どもたち)』が発行された。WHOのマニュアルにはない実践的な知識にあふれていて、読み物としてもとても面白かった。同書は今も途上国を中心に普及し、ウエブからどこでも誰もが無料でダウンロードできるよう(*2)配慮されていることは素晴らしいと思う。今ではWHOのマニュアルと合わせて大半のCBRの現場で利用されている。

実際に彼に出会えたのは1998年に著作「いのち・開発・NGO-子どもの健康が世界をかえる」の日本語版出版記念のために来日された時だった。東京でCBRに関する講演会が開催され、司会と後半部分の通訳を務めた。彼に会えるとドキドキしながら参加した私同様、障害分野での一回のみの講演であったため、会場は有名な彼の話を聞こうと遠方からもつめかけた多くの聴衆の熱気にあふれた。
その頃から日本でもCBRに関する関心が高まり今に至るが、彼が理想とするような真に差別を受けていた者が権利を享受できるような社会変革に至るCBRを途上国で支援する団体が現れてこないのは残念である。彼は「たまたま障害者が集まってきた」と言っていたが、世界においてもサービス提供者が従来の非障害者ではなく障害当事者となってCBRを発展させてきたケースは彼のPROJIMO(プロヒモ)プロジェクト以外聞いたことはない。社会サービスや権利擁護活動までも含めた、同様な地域に根ざした活動を行っているバングラデシュの障害当事者団体BPKSは、活動の成功に自信を得て一時は「CBRはいらいない」とまで言っていた。

プロジェクトは治安の悪化から90年代になると場所の移転、規模の縮小などあまりいいニュースが届かず、どうなったのかと心配していた。政府が好ましくないと思っていた活動であったためか、1998年にメキシコのDPI(障害者インターナショナル)の世界会議で出会った同国の障害者活動家たちはPROJIMOの名前すら知らなかった。デビッドがプロジェクトを見捨て、また活動の成果である本の収益をプロジェクトに還元していないなどの、日本の専門家などによる否定的なニュースを見聞きすることもあった。嬉しいことに昨年はプロジェクトを訪問された本田徹氏のシェアのスタッフ日記でのポジティブな報告(*3)に接し、とても嬉しく思った。
どのプロジェクトでも、海外から注目を浴びたり豊富な資金があったりする活動が盛んな時期と、資金が減少したり、スタッフが退職し活動が低下される時期がある。とりあえず主要スタッフが残り、活動が継続しているPROJIMOの活動には一定の評価が与えられるべきだと考えている。ワーナー氏から、自立したプロジェクトを彼が今度どのように支援しようとしているのか、今回の来日で伺うこと楽しみにしている。

*1 日本語訳「医者のいないところで」は色平哲郎氏の訳によって http://wndoc.hp.infoseek.co.jp/からダウンロードできる。
*2 http://www.hesperian.org/publications_download.phpから彼の他の著作とともにダウンロードできる。
*3 シェアウエブサイトNGOスタッフ日記・Dr本田のひとりごと(23)

文責:アジア・ディスアビリティ・インスティテート代表 中西由起子
機関誌「Bon Partage」No.145(2009年秋号)掲載
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