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SDGsと共生社会―グローバル経済の現在とアルマ・アタ宣言の今日的意義

 アルマ・アタ宣言40周年記念シンポジウム基調講演資料

   2018825日 於・聖心女子大学グローバル共生研究所

 

SDGsと共生社会―グローバル経済の現在とアルマ・アタ宣言の今日的意義

                              西川 潤

 

1978年、カザフスタンの首都アルマ・アタで開かれたWHO/ユニセフ主催の国際会議では、2000年までに「すべての人に健康を!」(HFA)という健康権の理念と共に、それを実現する手段として「プライマリー・ヘルス・ケア」(PHC)という開発戦略がうち出された。それから40年、21世紀に入り、国際開発の思考において、アルマ・アタ宣言の何が実現され、何が課題として残されているか、先ずこれを評価することにしたい。また、2000年に国連は、「ミレニアム開発戦略」((MDGs)を採択し、2015年にはこれを引き継ぐ「持続可能な発展戦略」(SDGs)を公表した。SDGsでは「誰一人取り残されない発展」(to leave no one behind) という形で、グローバリゼーションに対応する戦略が示されている。ここで打ち出された「包摂型発展」(inclusive development)の概念を検討し、その担い手としての市民社会の役割を明らかにする。現在、グローバリゼーションの進行のなかで、国家主義が強調される傾向にあるが、グローバリゼーションと国家主義、その双方をチェックする市民社会の役割を検討し、アルマ・アタ宣言の今日的意義を考えることにしたい。

 

1 アルマ・アタ宣言から40年、変わらないもの、変わったもの

 アルマ・アタ宣言には次の4つの背景があった。①世界人権宣言(1948)に現れた人権思想強化の流れが第一次石油ショック後、さらに高まった(「自治権」の登場等)。②ストックホルム国連人間環境会議(1972)、新国際経済秩序(1974年)等グローバル問題が提起され、環境権のようなユニバーサル思考が現れ、集団的人権という新しい人権思考が生まれた。(HFAもその一つ)。③新興独立国で、国家レベルでの発展体制の必要が痛感されており、これを国際協力で後押しするグローバル開発体制が整備され始めた。④植民地時代の中心地補完型開発から、人間・地域中心思考が提起され、BHNBasic Human Needs)からやがてUNDPの人間開発戦略(保健・教育の重視)へと至る。PHCは、脱植民地型の発展モデルを示すものだった。ここで、医療保健面での植民地型モデルとは、西欧医学中心、専門家医療、特定分野のトップダウン的選択、都市・富裕層中心の体制をいう(ワーナー、サンダース 1998)

 これに対し、PHCは、中国の「はだしの医者」、キューバの地域予防/オルタナティブ医療等の実践例を手本に、農村・貧困層重視(ユニバーサル・カバレッジ:UHC,民衆中心、包括的(専門横断的)医療、予防重視、地域参加型のケア・アプローチをうち出した。アルマ・アタ宣言から30年を経た2008年のWHO世界保健報告は、PHCアプローチの重要性を確認しつつ、社会的公平(ユニバーサル・カバレッジ)、利用者中心、PHCと専門的ケアの統合、包摂的、かつ住民参加型の医療保健体制等の点では、改革が必要と述べている。

 つまり、PHCが目指したような、トップダウン型・植民地的医療体制の改革は実現しておらず、地域ベースの包括的医療ケア体制の整備、住民参加、地域的なチームとしての取り組み等が課題として残されている。だが、21世紀に入ってから、アルマ・アタ宣言時代には十分認識されていなかった、グローバリゼーションの影響が強まってきた。

 

2 経済グローバリゼーションと社会開発、国家主義の関係

 グローバリゼーションとは、巨大企業の国境を越える生産・流通・販売の波が国家規制を低め、市場経済を拡大していく動きだが、同時に情報通信(ICT)革命を拡げることになる。営利=市場経済の拡大は、一方では安価な商品を消費者の手元に届けるが、他方では人間を商品化する動きも拡がる。グローバリゼーションによる人流拡大を通じて、保健医療面をも含め、熟練技術者が海外に流出する弊もある。市場経済化の無統制な波は、消費主義をひろげ、地球の持続可能性をそこなう。

 グローバリゼーション、ICT革命を通じて、人権意識は高まるが、他方で、貧富の格差、地域格差が拡大する。この社会的分裂から暴力、紛争、麻薬、テロ等社会的健康が蝕まれがちだ。この社会的分裂は為政者により自己の権力固めに利用される傾向がある。即ち、権力者はナショナリズム(国家主義、自国第一主義)を鼓吹する。それは軍備の増強を伴い、軍拡競争を導き、国際緊張を高めているのが、現在の状況である。

 そして、社会が分裂し、あい争う時、環境も壊れやすい。今日の世界規模の災害増大、感染症・新感染症の流行等、地球の持続可能性が問われている背景には、地球の温暖化ばかりでなく、社会分裂の進行も関わっていると見られる。

 こうしたグローバリゼーションの動きに対して、社会開発と環境保全の必要をうったえ、単に政府レベルの国際協力にとどまらず、公民のパートナーシップ協力を呼びかけたのが、国連のミレニアム開発目標(MDGs)であった。MDGs2000年から15年間の国際開発目標として、母子保健や国連の場での地球温暖化防止への取り組み等、特定分野では顕著な成果を挙げたが、この間、経済金融恐慌や地球温暖化進展等、新たな問題も生まれたため、目標を拡大して新たな取組みへの移行を呼びかけたのが、2015年のSDGsである。

 

3 「誰一人取り残されない発展」、包摂型発展はいかにして実現可能か?

 SDGsは、MDGsに引き続き、201630年間にわたり、国連の場で各国政府、民間の中期的な開発目標を定めたものだが、MDGsと比べて、2つの特色がある。第一は、これまで別々に議論されてきた持続可能な開発(開発と環境保全のバランス)と社会開発(貧困の削減、雇用の安定、社会分裂の防止)を合わせて総合的な開発目標としたことである。MDGs 8目標の1だった「持続可能な開発」はいまや、17開発目標を総合する全体の開発目標に格上げされた。第二は、従来の開発目標が主として南の開発途上国を対象として、北の先進国へのキャッチアップを助けることを目標としたのに対し、南北共通の開発目標を立て、グローバル化時代に適合したものとなっていることである。特にグローバリゼーションによる人びとの発展プロセスからの排除(exclusion)現象は、南の国に限ったことではなく、北の国でも「弱者」(高齢者、女性、子ども等)の貧困問題や雇用の不安定化、貧富の格差や地域格差拡大等、「開発」の問題として現れている。

 SDGsHFA/PHCの視点から見ると、目標3「すべての人に健康と福祉を」など、大部分がHFA概念を引き継いでいる。これは、SDGsが人間・社会開発等、人権強化の流れに立っていることを示すものだ。

SDGsで注目すべきことは、目標10「国内外の不平等を減らす」、目標16「包摂促進型の制度の確立」で、包摂的な発展が、格差問題への取り組みに始まり、平和的な社会形成を目指すことを明らかにしたことである。 つまり、SDGsキャッチフレーズとしての「誰一人取り残されない発展」とは、グローバリゼーション下の「排除」システムをどう「包摂」システムに転換するか、を課題としていることが、理解される。

 

4 国家主義が高まる世界で、市民社会の役割は?

グローバリゼーションは、富裕層、豊かな地域、巨大多国籍企業に資源を集中し、経済成長を実現して、そのおこぼれを社会下層に分け与える、というトリクルダウン概念に立脚している。この発展方式では、必然的に貧富の格差は拡大し、中間層が没落し(雇用の不安定化、合理化、ICTAI化、移民・難民の増加)、発展プロセスからの人びとの脱落が進む。「排除」現象である。

人びとの不安は増大し、それを基盤にポピュリズムと呼ばれる大衆迎合主義、恩恵ばら撒きの人気取り政治がはびこる。「国家第一主義」が各国で唱えられ、MDGs/SDGsの目指したグローバル協力の面が置き去りになる。国際協力の思想が後退すると、HFA/PHCが戦おうとしたトップダウン型の中央集権主義、植民地型の開発への回帰が始まることになる。

国内では、格差拡大に伴い、国家専制、独裁・監視社会が進む。かつてイギリスの作家ジョージ・オーウェルが予言した「ビッグブラザー」が取り仕切る技術万能、人間不在の社会である。このような社会の進展の兆候は、日本も含めて、各国で見てとることができるが、アルマ・アタ当時からの大きな社会の変化、積極的な変化がある。

それは、197080年代にはごく弱かった市民社会の発展要因としての登場である。これまでは、国家、民間企業(市場)が資本主義社会を動かすと考えられてきたが、この数十年間、世界的に市民社会の登場、展開がめざましい。

市民社会とは、国家が権力動因により動かされ、市場が営利動因によって動くのに対し、非営利動因を持つが、たんにそれにとどまらない。市民には都市政治への参加者としての語源的意味があり、「市民革命」を経て、経済社会の「主権者」としての意味合いを持つ。こうして、市民社会は、国家、市場と共に、ある地域、国、世界における公共空間 (権力空間、営利空間、非営利空間の交錯する場 Public Sphere) の形成者として立ち現われる。英語で言うと、Non-Profit Organizations (NPOs) にとどまらず、Civil Society Organizations (CSOs) である。この意味で市民社会とは、主権意識の下に経済社会参加を進める主体であると言ってよい。このような市民社会は、①政府と企業の活動を見守り、必要な公益サービスについての提言を行う。②政府に対しては、税金の拠出を通じ、国民に奉仕する開かれた統治機構の確立に努める。③企業に対しては、たんなる「消費者」にとどまらず、企業の生み出す財・サービスを購入し、同時に企業活動に労働力を提供したり、あるいは自ら起業を進めたりして、「生活者」として向き合う。健康の分野での住まい、医療、介護、予防、生活支援、地域ケアを統合した地域包括ケアシステムは、このような方向への市民社会の展開なくしては存在し得ない。すなわち、グローバル化社会では、社会の階層化を通じて、絶えず「弱者」がつくり出され、その「包摂」が課題となるが、これら「排除」された層の包摂は、地域レベルでの市民社会の活性化、公共政策についての提言と参加により、初めて実現可能なのである。

 

5 結びにーグローバル世界で市民社会が自己展開する条件

市民社会の自己展開の条件は何か。市民には、先に述べた経済社会の主権者としての意味と同時に、西欧でブルジョワ革命を推進した有産階級としての面がある。後者が資本主義社会の推進者であったが、近年の資本主義社会の行詰まりを踏まえて、市民像の転換が必要になっている。即ち、資本蓄積の動因としての個人主義、営利性を抑え、社会の主権者として人びとの間の連帯、共生をはかっていく方向である。それは、近代社会を動かしてきた倫理の転換、市民像の自己変革にほかならない(西川・アンベール 2016)

    近現代社会は、個人主義、私利追求 (功利主義) を動因としてきたが、競争と効率を

通じて最大限の生産を絶えず追求するこのシステムは既に破たんした。他者に対する共感(sympathy)とケア(相互の思いやり)の重視をとり入れ、社会関係に豊かさを求める発想が必要になる。これが、共生主義、共生思考と呼ばれる。

    中間団体、地域形成による良い社会関係(「もやい直し」の社会)の形成に努める。

    資本蓄積重視から良い生活(ウェルビーイング)の追求、実現へ。福祉(welfare

社会の破たんを踏まえ、分配の福祉から参加の福祉(well-being)を展望する。

    自立・共生の社会 (convivial society) 作りへ。すべての国が自立・共生の方向に向か

えば、軍備は必要ない。SDGsは国際的、国内的不平等を是正する平和の展望を描いている。

 アルマ・アタ宣言は、20世紀後半における世界的な人権強化の流れに立った。そこでうち出されたHFA/PHCの発展戦略は、ややもすると市場経済万能となりがちな資本主義グローバリゼーションの時代に必要な公共政策を示すものだった。しかしながら、21世紀にかけて、一方では多国籍企業主導型のグローバリゼーション、他方では世界的な貧富格差の増大、社会分裂、環境破壊等が現れ、国家主義の高まりの時代に、HFA/PHC戦略も新たな段階に入りつつある。

 国連の場では、HFA概念をも一つの基礎としたMDG/SDGs戦略がうち出された。SDGsは「誰一人取り残されない社会」をメイン・スローガンとして、グローバリゼーションに対する代替的な発展目標、排除に対して包摂を進める型の発展モデルを提起している。

 グローバリゼーションと国家主義の時代に必要なのは、近現代世界を動かしてきた個人主義、功利主義、効率主義的な世界観を見直し、社会関係の豊かさを認識し、当事者主権、多文化、自立・共生の社会に価値を見出していくユニバーサル倫理にほかならない。アルマ・アタ(現在アルマトゥイ)で40年前にHFA/PHCとして医療保健面で提起された発展概念は、今日、グローバリゼーションにより脅かされている社会平和、環境保健に対して包摂型発展として新たに息を吹き返している。PHCと包摂型発展は相互に関連し、あい補うが、これらに共通するキーワードは、住民参加型、地域分権、不平等の是正、市民社会主体の発展にほかならない。

 

<西川潤教授 略歴>

経済学者。早稲田大学で長年、南北問題、開発援助、社会経済等の研究教育に従事。

国連勤務後の1985年、フィリピン、ネグロス島で飢餓情況に出会い、日本ネグロスキャンペーン委員会の設立に参加、副代表。1995年、コペンハーゲンで開かれた国連社会開発フォーラムに際して、日本政府代表団に最初のNGO代表として参加。国際開発学会・日本平和学会等の

理事・会長を歴任。「人間のための経済学」(国際開発・大来佐武郎賞)、「世界経済入門」

(岩波新書)、「共生主義宣言」(コモンズ)、「2030年 未来への選択」(日経プレミアシリーズ)、他著書多数。

 

注)本論考は、シェアとNGO-労働組合国際協働フォーラムが主催して、2018825日に開かれた、アルマ・アタ宣言40周年、シェア設立35周年記念シンポジウム、

誰一人取り残されない地域社会の実現に向けて

~ プライマリ・ヘルス・ケアからSDGsへの歩みと課題を現場に即して考える」

における、西川潤先生の基調講演のまとめです。世界や日本が直面する課題を、PHCからSDGsに至る、歴史的、社会経済学的な系譜をおさえながら、的確かつ冷静に把握し、どのような共生社会を21世紀に生きる私たちが目指すべきかの、展望と方向を提示してくれています。NGOを含む「市民社会」の概念やその役割についても、啓発的されるところの大きい文章です。実際の基調講演も大きな感銘を参加者に与えていました。一講演レジュメとして終わらせってしまうにはもったいない、高い内容のものでしたので、教授の特別の許可をいただいて、シェアのオピニオン欄に掲載し、幅広い読者に長く供覧したいと思います。

(本田 徹)

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