マダガスカルの診療所で
「陣痛が痛くて叫んだら『あなたは弱くて痛みに耐えられないでしょう。まだ時間がかかるからあっちに行って、いらいらする。』と助産師さんに言われました。」
これはマダガスカルの女性が出産の際に医療施設で経験したできごとのひとつです。
このエッセイでは、JICA(国際協力機構)が実施したマダガスカルでの技術協力の経験をまじえながら、日本人ができる協力の意味について考えてみたいと思います。
命がけの妊娠・出産
この4月に、妊産婦死亡の新たな推計値がランセット誌に発表されました。それによると、2008年の1年間に、妊娠・出産に関連して亡くなった女性の数は約34万人とされています。この不幸な死亡は、国による差が大きいことも特徴です。各国の状況を表すために、通常は10万人の出生に対して何人の女性が亡くなってしまうのかを「妊産婦死亡率」として表します。前述の推計によると、日本は7人、シェアの活動国であるタイは47人、カンボジアは266人、東ティモールは929人となっています。アフリカのいくつかの国、またアフガニスタンでは1,000人を大きく超えています。
医療従事者の置かれている状況
女性も家族も待ち望んでいた出産によって、お母さんが命を落とすことを防ぐために、様々な取り組みがされています。その主役の一人である医療従事者は、どのような状態に置かれているのでしょうか?
2008年の妊産婦死亡推計値
|
国 |
妊産婦死亡率 |
| タイ |
47 |
| 南アフリカ |
237 |
| カンボジア |
266 |
| 東ティモール |
929 |
| アフガニスタン |
1575 |
| マダガスカル |
373 |
| 日本 |
7 |
出展:HoganMC, et al. Lancet 375:1609-23, 2010.
マダガスカルに限らず、開発途上国で政府職員として雇用された医療従事者の多くは、大病院ではなく小さな診療所、しかも地方にあって職員が数名、下手をすると自分しか有資格者がいないところに配属されることがしばしばあります。学校を卒業しただけでは様々なできごとに対処できず、またどうしたら良いのかを尋ねる人も周りにいない状況です。
そのため、それぞれの国や援助機関が、医療従事者に対するトレーニングを広く行っています。妊婦健診で、また出産の場面で行うべきこと、さらに出産後のお母さんと赤ちゃんに対するケアなどが、主なトレーニングの内容です。
妊産婦死亡の多くは、陣痛が始まってから出産、そして出産後数日間に起こることは、事実としてわかっています。そして、死亡の原因となる合併症は突然に発生する、それを予知することは難しい、あらゆる出産に死亡のリスクがあり、したがって医療施設で出産を管理する必要がある、というのが援助側の論理の主流となっています。したがってトレーニングでは「妊産婦死亡、新生児死亡は、いつ起こるかわからない。それは、どういう形で予知できるかもわからない。」というメッセージが発信され続けています。
一方で、先にもお示ししたように、多くの医療従事者は充分な技術的な裏付けがないままに医療施設に配属されています。しかし、いったい何が起きるかわからない、もしかしたら自分の責任で人が亡くなってしまう「お産」に関わることが求められている。これは大変なストレスであると想像します。しかも医療従事者は高学歴な公務員であるため田舎では大変に偉い存在で、一般の人々に対しては権威的になってしまうことが多い。そのような状況では、目の前にいる妊産婦さんに関わることを拒絶し、排除しようとする心理が働くことも、ある意味では理解できます。
求められる医療従事者の姿
しかし、妊産婦と医療従事者との関係性が冒頭のような状態であったら、いくら技術的なトレーニングを実施しても、それは人々に届くサービスにはならないことは容易に想像できます。「患者さんに優しく」というスローガンを掲げても、偉い立場にいる人がそのように振る舞えるようになることは、とても一筋縄ではありません。医療従事者が妊産婦や子どもを気遣うことができるようになるためには、どのようなことが必要なのでしょうか。
マダガスカルでは、女性に対して行ったインタビュー調査の結果を病院に勤務する医療従事者および衛生行政の職員と共有し、現状をともに認識することがスタート地点でした。最初は「日本人が保健センターでスパイのようなことをしている」と露骨な不快感を示す人もいました。それであっても、私たちが日常接している人たちがどのような気持ちでいるのか、自分たちはどのようなサービスをどのように提供しているのか、などを見つめ直す過程を、多くの関係者と創り出すことができました。それを通して、自分は、また自分の組織は、誰のために何をしていかなくてはならないのかに気づくことができたと考えています。

写真:出産ケアの研修の様子。ひとりの産婦さんに2人の研修参加者(助産婦)と研修指導者1名がケアを提供している。出産の経過中、女性は自由に過ごすことができ、必要に応じたケアを提供することを研修参加者は学んでいく。
加えて、日本の開業助産院で働いている助産師さんにマダガスカルに来ていただき、日本人が出産の際にどのようなケアを提供しているのかを、数ヶ月間見せていただきました。自らがこのような人になりたい、と思えるようなロールモデルがあることが、人の学びには大きな影響があると考えたことが、その理由です。
このような活動を通じて、マダガスカル人の助産師さんも、徐々に女性に寄り添うケアを提供するようになってきました。そばにいて、その人がどのような人なのか、またどういう状態にあるのかを感じとることでしか、その人の状態にあわせたケアは提供することができません。日本のベテラン助産師さんは、女性に寄り添うことで何かがおかしいことを感じ、具合の悪いことが起こりそうかを予測することができる、と断言します。先に述べた「妊産婦死亡を起こす合併症を予知することができない」ということとは正反対のことであります。
国際協力のひとつの形
妊産婦と子どもの死亡を減らすために行うべきサービスの標準化が推進されていく過程で、私たちが体得してきたケアが、ある意味で「効果がないもの」、「規格化になじまないもの」として排除されてきたように思います。しかし人が人に関わるためには、その「関わり方」に焦点をあて意識化することなしには、最終的には有効なものとならないように感じます。そのような関係性、そして人間の知恵の伝承のありようを追求し発信していくことが、日本が果たすことができる国際協力のひとつの形であり、世界の人々の命をつないでいくことなのではないかと考えています。
独立行政法人 国立国際医療研究センター 松井三明
機関誌「Bon Partage」No.148(2010年7月)掲載