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(認定)特定非営利活動法人 シェア=国際保健協力市民の会 シェアは、保健医療を中心として国際協力活動を行っている民間団体(NGO)です。

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あるHIV陽性者の手記

国際保健の基礎知識エイズ

感染した当時の状況
私の夫が体調を崩したのは1997年のことだった。当時はエイズだとほとんどの患者が亡くなっていた状況で、最初に夫を連れて行った病院では、医師はわかっていたのに、HIVに感染していることを私達に告げなかった。そして、私は他の病院に彼を連れて行き、そこで彼がHIVに感染していることを知った。医師にエイズだと告知をされた夫は、泣いていた。私も心の中で泣いていたが、必死に涙をこらえた。
その日、私は医師にHIV検査を勧められた。検査の結果は、陽性だった。私は大きなショックを受け、一人で泣いた。生きていく気力もなくし、自殺まで考 えた。そして、感染の事実を夫に伝えた時、彼は「お前が俺に感染させたんだ!」と、責めてきた。私は、夫の言葉に大変失望したが、必死に涙をこらえ、耐えたのだった。
それからしばらくして、落ち込んでいた私が気を取り戻せたのは、まだ幼い子ども達のことを考えたからだった。私なしに、この子達はどうやって生きていけるのだろうか?落ち込んではいられない、私にはこの子達を育て上げる責任があるのだと。


村での差別

次第に、村人達は夫がエイズであることを疑い始めた。そして、私へも「あんたもエイズじゃないのか?」と聞いてくるようになったので、私は正直に「そうだよ。」と答えたのだった。その後、村人の中で私を受け入れたくない人がでてきた。みんなで集まって、一緒にご飯を食べるところに私をいれたがらない人や、買い物に行っても私に物を売るのを拒む店員もいた。私を仲間に入れたがらない人がいた時には、私は「そんなことをしても、私は気にしないわ。でも、もう帰るわ。」と、その場を去るしかなかった。こうした村の状況で収入を得ることは大変難しく、私は夫を 看病しながら一人で、農作業をする厳しい生活が続いたのだった。


サダオワーングループとの出会い

その2年後、夫は死んだ。差別を受けている状況の中でも、私の家族や親戚だけは私を気にしてくれ、いろいろと助けてくれた。そんな中、サダオワーングルー プ(シェアの活動地のHIV陽性者グループ)を紹介してくれたのは、母親だった。この自助グループ活動で得た知識を活かし、私はエイズの感染経路は限られていることなどの正しい知識を、村人達に説明するようになったので、差別も次第になくなっていった。
そして、私は再婚もした。当初、3人の男性が私に求婚してきたが、HIVに感染していることを伝えると、そのうちの2人が怯えて去っていった。1人だけ 怯えず、気にしなかった男性が、現在の夫だ。今では、親戚や他の村人の面倒をみながら、村人達と普通に、そして幸せに生活することができるようになっている。

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